学校の授業は出来る人たちでサクサク進めて、『数学的な考え方』という武器を手に先陣を切ってくれ。
授業の途中で馬鹿にどこまで理解出来たか、確認してないで、授業を進めてくれ。
一通り説明がし終わって余った時間で数学出来ない組の武器(数学的考え方)を調整してくれ。
ある日、授業を聴いている中で、解き方が解らない個所があった。
私はいかにも「わからないな」という顔をしていたのだろう。
先生が「ももさん、わかりますか?」と聞いてきた。
私は「わかりません」と言い、細かな説明を求めた。
先生は懇切丁寧に教えてくださったが、正直な所、どう解いているのか手順を遡っている時に、急に名指しで当てられたものだから、焦りの方が大きかった。
先生が私のために授業を止めて教えてくださっている。何としても理解しなくては。
そっちにばかり意識が集中してしまい、数学に頭を使えない。
「わからない」で脳が埋め尽くされる。あっ、でも、これをこうすれば…!
考えている間に、先生はさっきよりもさらに難易度を下げて説明をしてくださった。
私を呆れた様な顔で見ていた。
あぁ、あと少しで理解できそうだったのに。そんな顔で私を見ないで…。
そうは嘆いても授業は待ってはくれない。
あぁやばい。早く理解しないと。さっきはこうなったから。次は。…どうなるんだっけ…。
私が解らないという前に、先生は気をきかせて、さらに砕けた説明をしてくださるが、私は焦りでどこが理解できなかったのかも判らなくなってしまった。
それでも必死こいて考えていたが、突然、
「もう、無理だ」と言われてしまった。
「僕の力では、これ以上優しく教えることが出来ない」
「僕の力不足だ」
「理屈はわからなくていいから、とにかくこの時にはこうなるって覚えて」
「覚えるだけでいいから、とにかくこうなるから」
そう言い終えたら、何事もなかったかのように、先生は授業に戻っていった。
淡々と授業が進んでいく。突然の先生の発言に私は驚いて、しばらく何も考える事が出来なかった。
ふふふ。くすくす。四方で私を笑う声がする。
先生に降参されてしまった事がすごくショックだった。みんなの笑い声も少し心に残った。
私のクラスは、数学を選択したが、数学のテストの点数はあまり…という人が集まったクラスであり、私が分からない問題を理解できた人が大多数ではないはずである。
みんなは解ったのかよ、すげぇな。
でも、それよりも、先生に降参されてしまった事がすごくショックだった。
せめて、後で個別に教えるから聞きにおいで、と言ってくれたら良かったのに。
すごく悔しかった。次の授業で同じところ聞かれても絶対に答えれるようにしよう。
そう思って、悔しい気持ちに押しつぶされそうになりながらも、順序を追ってゆっくりと考えていたら理解できた。
簡単な問題だった。
きっと、ゆっくり考えていたら授業中に理解できたはずだ。
焦る気持ちが先に来て、答える事が出来なかった。
そのために、私は『数学が理解できない人』というレッテルを貼られてしまった。
あぁ、時間が足りなかっただけで。数学が出来ないわけではないのに。
どうして私を呆れた顔で見るんだ。
学校の授業は、勉強の解き方を教わる場所じゃない。
学ぶ事の楽しさを教える場所だ。
学ぶ事の必要性を説いてくれる場所だ。気付かせてくれる場所だ。
それなのに。それなのに。
嗚呼もう少しだけ 待っててくれたら良かったのに。
まぁこんな悲しい思いをしないために何度も復習して、論理的な思考を鍛える事が大事
なんですけど。
大多数の脳を鍛えるその為に(?)、1人の解らない人をわざわざ取り上げないで欲しいなぁ。
学校の授業は出来る人たちでサクサク進めて、『数学的な考え方』という武器を手に先陣を切ってくれ。
一通り説明し終わって、余った時間で、数学出来ない組の武器(数学的考え方)を調整してくれ。
授業中に「コイツ理解出来ていません」って取り上げられると、焦って数学どころじゃないのよ。
十分に考えれなかっただけなのに、まるで「こんなことも理解できないだなんて…」みたいに、みんなの前で晒さないでよ。
ちなみに翌日、数字を変えただけの同じ問題をほかの人は答えることが出来ませんでした。なんでや。ただ単に私の受け答えや表情がちゃんちゃら可笑しかっただけみたい。
私は理解できてちゃんと説明できる段階まで上り詰めたのに、奇跡的に(?)その日は当たらず、名誉を挽回することも出来ませんでした。
もやもやだけが残っちゃうよね。
こういう嫌な思い出が、学問への苦手意識を引き寄せたり、嫌悪感を深めていく原因になるんだなって。身をもって感じました。
へっっ。私は数学に対する嫌悪感はもうなくなったんだ!乗り越えたんだよっ!
これをやったのが私で良かったな!へっっ!けっっ!ぺっっ!
Momo*